故郷の海を離れるのは、これが初めてではなかった。ふらっと抜け出して、仕事を拾っては飽きる手前までで切り上げて手土産片手に帰る。
そんな気まぐれな生き方でもっても、いい加減うんざりする。
私達はそんな、呪われた生き物だ。
最近になって、おもしろい話があると聞いた。
海。遺跡。それに集う者。探索者たち。略奪者たち。
そんなありふれた下らない言葉が、なぜか少し新鮮に思えた。
またすぐに飽きるだろうという諦めを頭の隅に追いやって、期待や希望に満ちた笑みを貼りつけて再び故郷を出る。いくらか
仲間たちのいくらかは、冷めた目を向け手を振って見送ってくれた。
-1 『何度目かの新たな旅立ち』
冒険には仲間が必要だ。退屈しない、おもしろい仲間が。
なるべく若くてかわいい人間の女の子。私より大きいほうがいいかも。
頭は悪くなければいい、それほどお利口じゃなくても、それがおもしろさやかわいさに繋がるならいい。
探索者として集められた人は、思ったよりずっと多かった。
人間もそうじゃないやつらもごちゃ混ぜ。こんなに面白い光景は見たことがない。
だからこそ、どの子に声を掛けたらいいかずいぶん迷った。もう人間じゃなくても新鮮に感じられたらそれでいいとも思えてくる。
ここで考えていても仕方がないし、適当に声を掛けてみようとその場を一歩踏み出したとき、ひとりの女の子が目に留まる。
長い髪の先は不自然に深い青色に染まっていて、それはまるで、海そのものみたいに。
「ねぇ君、いまはひとり?」
「私はね、いっしょに冒険してくれる人を探してて、それで…」
-2 『呪いと海と女の子』
「あー、つまんないの。」
海中での戦闘というのも、何度も経験していることだった。
退けたそれらはめずらしい生き物ではあったが、人型の生き物とあれば食料にもならない。
気紛れに目の前を横切った小魚を魔法で撃ち落としてそのまま齧りついてみても、
まとわりつく退屈への不快感が晴れることはない。
この気分を何とかするには、やっぱり他人へイタズラでも仕掛けてみるのがいいか。
追加でもう3匹ほど小魚を撃ち、手の内に忍ばせる。
これをつかってどうにか、私の新しい『お友達』にサプライズでもできないかと。
そんなことを考えているだけでいつの間にかすっかり気分が晴れたことには、
しばらく後になってから気がついた。
-3 『退屈の毒と薬』
繁栄し領地を拡げていた人間たちに向けて、太古の悪魔の仕掛けた戦争。それがあったのは1000年ほど前のことらしい。
魔法を持たなかった当時の人間たちは天使や人間に友好的で魔法の扱いに長けた種族に応援を仰ぎ、
急速に勢力を拡大した相手に悪魔は為す術もなく、その戦争は結果として無様に敗退したことで幕を閉じたという。
そんな歴史の陰にある後日譚として、戦いに敗れた悪魔たちのその後の話がある。
当事者の私でもその全てを知ってはいない。散り散りになった悪魔たちのほんの一部の話だけ。
まずひとつは、人間に和解を求めた悪魔たちの話。
彼らは人間に許しを請い、現在では人間たちと対等で良好な関係を築いていると聞く。
またひとつは、許しを請うこともせず、最後まで足搔こうとした悪魔の王族を中心とした者たちの話。
彼らは悪魔の象徴であり誇りであったツノと翼をそれぞれ獣の耳と尾に変化させ、獣の一族のふりをして過ごしていたものの
結局は正体を暴かれ、そこで再び起こった小さな抗争の末に絶えたとされている。
そして最後のひとつ、まだ人間の手の届くことがなかった海に逃げた悪魔たち。私たちの話。
「もう振り返るのも飽きちゃった。またイタズラでもして遊ぼうかな。」
-4 『悪魔のはなし』
フィリベール。1000年ほどの時を生きた、ひとりの悪魔の名。
とはいっても、その間の記憶をずっと保ち続けているわけではない。
何度も死んでは甦り、その度に記憶は風化していく。夢のように霞んでゆく。
そうして少しずつ古い記憶を失い新しい記憶に入れ替わっていっても、私はいつまでも私。
何度死んでも仲間たちはフィリベールとしての私を知っている。当然、蘇った私をフィリベールとして扱う。
フィリベールは死なない。
私はいつまでフィリベールを続ければいいのだろう。
同じ海。同じ仲間。同じ自分。何もかもが変わらずにあったわけじゃない、それでも同じなのだ。
私を取り巻く環境が同じものである限り、私が以前とは別の新しい私になることはないのだと思う。
それならば。
もし私が故郷の海とは違う場所で、故郷の仲間たちのいない場所で、新しい自分を築いて。
そして再び死んだとしたら。
次の私は今度こそ、フィリベールとは違う私になれるだろうか。
「私はフィリベール、フィリーって呼んでくれるとうれしいな。」
「別に自分の名前が嫌いなわけじゃないけど、今はそう呼ばれたいんだ。」
-5 『テセウスの船は沈まない』
私は特別海が好きなわけではない。かといって嫌いというわけでもない。
ただ、きっと海を離れて陸に上がる方が新鮮に感じることは多いだろうと思う。
それでも海に適応した今の姿を生かして、海中での仕事を請け負うことは多かった。
というより私は、もしも海の外へ飛び出して外の世界に適応してしまったそのとき、
かつて楽しみにしていたその外の世界、それに飽きてしまうことを恐れているのかもしれない。
世界は広いだろうか。いつかそれを狭いと思ってしまう日が来るなら、
いっそ何も知らずに空想のなかの広い世界に想いを馳せているほうがいい。きっとそのほうがずっといい。
一度知ってしまったことを忘れるのは時間が掛かる。
一度飽きて興味を失ってしまったことに再び関心を向けるのは難しい。
少なくとも、死なないことで臆病になった今の私はそう思う。そう思っている。
-6 『悪魔は井のなか海のなか』
私の旅に目的なんてない。決意もなにもない。
私たちに科せられたこの呪いを解こうとも思っていない。
でもあの子は違う。ミアーちゃんには目的がある、それを成し遂げようという意思がある。
それを私は
おもしろいと、思った。
僅かに劣等感を抱いたりもしたけど、真っ先に感じたあの新鮮な感覚は、ただ素直に『おもしろい』というもの。
ひとりの人間と自分の相違点を見つけただけで何故、今更、そんな風に感じたのだろう。
そもそもこのテリメインを冒険をするのに、目的を持たずに来る方がめずらしいはずだ。
あの子とほかの多くのひとたちとで違うこと。
たくさんあるだろうけど、一番は私にとって特別であるかどうか。
そう、あの子はもう私の特別な『お友達』だ。
ただ不思議な髪をしていたから目に留まった、はじまりはそれだけ。
それでも今の私の記憶の中に居る中では、たったひとりのお友達。
私は自分で思っているより、その存在に期待や興味を抱いているのかもしれない。
-7 『私の特別な』